2008年12月20日 (土)

『海と毒薬』遠藤周作

『海と毒薬』遠藤周作
狐狸庵先生こと遠藤周作の『海と毒薬』。


捕虜となった米軍の兵士を、九州帝国大学医学部で解剖人体実験を行った所謂「九州大学生体解剖事件」という実際にあった出来事を舞台にした創作の小説だ。


物語は、いきなり本題に入らず、導入、東京の郊外に引っ越してきたごく普通のサラリーマンの話から進行する。
この男は、肺に持病を抱えており、定期的に病院を訪れなければならないのだが、彼が引っ越した先で掛かり付けとなるのが「勝呂医院」というとても小さな町医者だ。
腕はいいのだがどこか影を感じさせる寡黙なこの医者の事が気になったサラリーマンは、ある時、ふとしたきっかけでこの医者の過去のある事件を知ることになる....。

というあらすじ。

遠藤は、非キリスト教徒の日本人とキリスト教徒のドイツ人・アメリカ人の思考と行動を対照的に描いているのだが、どうも自分には腑に落ちない。
それは、本書が、キリスト教が絶対的な信頼のおけるものという、いわばキリスト教至上主義とでも言おうか、そういったものが前提として作られている点において、自分は違和感を覚えたし、どうも、日本人を否定している感じが否めない。


九州帝大のような事件は、キリスト教国でもどこでも起こりうるものだ。


ただし、クリスチャンと非クリスチャン(欧米人と日本人)という軸を取っ払って、非常時下における人間の心理(日本人論として捉らえず、非常時下における人間の行動)という点に注目して読めば、なるほど本書は良く出来た小説である事は間違いないし、話しの筋も通り、違和感も無くなるだろう。


ともかく、賛否両論のある本ですね。

クリスチャン 罪と罰との 境目は

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2008年12月16日 (火)

『鬼平犯科帳5 』 池波正太郎

『鬼平犯科帳5<br />
 』池波正太郎
『鬼平犯科帳5<br />
 』池波正太郎
まず『深川・千鳥橋』
密偵となった大滝の五郎蔵の活躍と長谷川平蔵の機転と采配に感服。

次に『乞食坊主』
ニセ坊主稼業で日銭を稼ぐ乞食(こじき)はある時、賊の使い手である浪人に襲われるのだが、乞食を見て浪人はハッとした。乞食の過去と浪人との接点──。

『女賊』
おまささんが活躍する。小兵衛と幸太郎さんはどうなるのか。のちに川口屋を訪ねる平蔵は涙を浮かべる。

『おしゃべり源八』
同心・源八はある日、忽然と姿を消した。源八はなぜ、どこへ消えたのか。実はそのころ源八は──。

『兇賊』
CX系で松竹110周年特別企画としてスペシャル番組でも放送された。
これまでに幾度も平蔵の命を狙ってきた網切の甚五郎がついに目の前に表れた。大人数の兇賊達に囲まれ傷を負う平蔵だが──。

『山吹屋お勝』
平蔵の従兄・三沢仙右衛門は名の知れた大百姓だが、突然、茶屋女と再婚すると言い出した。平蔵は茶屋女の身辺調査をすると、ある事件が浮かび上がるが....。

『鈍牛』
同心・田中貞四郎から、火付け泥棒を捕まえた、と報告を受けた平蔵。喜んだ平蔵であったが、ある時、これは冤罪であるという街の噂を耳にする。そこで、自らよく調べると──。


ちなみに、『兇賊』のDVD持ってます!


新しい 家族に鬼も 目に涙

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2008年12月14日 (日)

『鬼平犯科帳 4 』 池波正太郎

『鬼平犯科帳 4<br />
 』池波正太郎
鬼平です。

4巻です。

番外編を除くと24巻までですから、まだまだたっぷりと堪能出来ます。


4巻は『霧の七郎』『五年目の客』『密通』『血闘』『あばたの新助』『おみね徳次郎』『敵』『夜鷹殺し』の8篇。

『血闘』『夜鷹殺し』の、おもんさんには、胸が熱くなります。

実直過ぎる浪人『霧の七郎』の上杉、なんとかしてあげたくなります。

『五年目の客』のお吉の苦悩と平蔵の人情。

『密通』は、また一味違う物語の一面を垣間見ることが出来る。

『あばたの新助』では、いよいよ大悪党の網切の甚五郎が登場する。部下の不始末の処遇については、現代の人々にも見習ってほしいものだ。

『おみね徳次郎』では、おまさとおみねの「絆」が、温かい。

五郎蔵が初登場する『敵』は、掟を守る盗賊と悪党の賊、鬼平はどの様に解決するのか。


京都から戻った平蔵には、休みがありません。


次の5巻の『兇賊』の、綿密な伏線を張らせつつ、新しい密偵も誕生し、充実した内容でした。





しばらくは 鬼平だけを 読み続け 本棚で眠る ほかの本たち

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『地下鉄に乗って』 浅田次郎

『地下鉄に乗って』浅田次郎
浅田次郎の『地下鉄に乗って』(メトロに乗って)を先頃読んでみた。


大衆文学の王道、とでも言おうか、何とも浅田次郎らしい、安定感のある、読む人を裏切らない作品だった。


あらすじとしては、主人公・小沼真次が地下鉄の出口をでると、そこは30年前のある場所。そこには父とのいざこざの末に自殺した兄がいた。そしてそこは真次にとってもまた、ターニングポイントとなる所であった。

さらには、戦争へ赴く父、戦後間もない闇市で奮闘する父にも次々と出会う。

大河の奥深く上流の小さな源流にあるわずかな水源を解き明かすかの如く、封印された真実へと導かれていく。


所謂「タイムスリップ」というSFの手法を取っている点で、『バック・トゥー・ザ・フューチャー(BACK TO THE FUTURE)』を思い出す人も少なくないはず。
ただ、決定的に本作が異なっている点は、『BACK TO THE FUTURE』は、タイムスリップ自体が物語の主体となり、積極的に利用し、ハラハラドキドキさせつつ、結果全てがハッピーエンドに丸く収まる塩梅となるが、『地下鉄に乗って』のほうは、主人公・真次、その父・佐吉、真次の同僚みち子の、人物が主体として描かれている。タイムスリップに関しては、作中、「意志であるからには理由があり、結果があるはずだ。もしかしたら自分とみち子は、さけることのできないある結果に向かって引き寄せられているのではあるまいか。」と真次が考える場面があるが、この通り、決して恣意的に利用するものでは無い。

読者はきっと、ラストに近付くにつれ、物悲しさも感じつつも、ある種の充実感が芽生えるのではないだろうか。

また、家族内の不和という、ありきたりなテーマを扱っているものの、それを逆手に取って、読者を「ハッ」とさせる浅田次郎のシナリオには、驚かされるばかりである。 やはり浅田は読者の期待を裏切らない。

尚、この作品を気に入られた皆様には、同じく浅田の『日輪の遺産』を、強くオススメしたい。





はからずも はまりにはまる 浅田かな

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2008年12月11日 (木)

『陰の季節』横山秀夫

『陰の季節』横山秀夫
横山秀夫の作品は、王道にあらず。


久し振りに横山作品を読んだ。

『陰の季節』は、横山の原点とも言える作品で、D県警シリーズの第1弾であり、この本には、標題作に加え『地の声』『黒い線』『鞄』の計4つの短編が入っている。

どれも警察モノのミステリー小説ではあるが、(刑事達が動き回り、捜査が展開するにつれじわじわと犯人にたどり着いていく‥‥という風な)警察モノの王道を行く様な作品とは全く異なり、通常なら主役の陰に隠れるだろう、警務部、鑑察官、秘書課等の中間管理職が主人公になっている。


例えば『鞄』では、議会対策を担当する秘書課課長補佐・柘植正樹が、県議達の質問に対する県警本部長の答弁書作成に全力を挙げるのだが、県議や上司に翻弄される。


横山の作品は、『真相』や『影踏み』でもそうだが、ミステリーにありがちな大事件は起こらず、日々の中に生まれるドラマが中心で、それを人物の心理と組織の心理とを実に巧妙に描き上げている。故に、読み終えた後もいつまでも心に残るのだろう。


直木賞候補にもなった『半落ち』も横山の作品だが、こちらはまた違った切り口らしい。映画版の個人的な感想は「イマイチ」であったが、機会があれば原作を読んでみようと思う。

大事件 無くとも出来る ミステリー

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2008年12月 9日 (火)

『余命1ヶ月の花嫁』

『余命1ヶ月の花嫁』
TBSのニュース番組「イブニング・ファイブ」で特集され、反響を呼んだ、ガンと戦った24歳の女性・長島千恵さんを追ったこの本、自分は3時間も経たない間に一気に読み切ってしまった。


内容は全て、紛れも無い実話であり、一切の嘘偽りも無いノンフィクションである。


1年程前に購入していたが、(個人的な事情により)どうしても読む事が出来ずに躊躇していたが、ようやく読むことにした。


24歳で生涯を終えた千恵さんは、どんな気持ちだったんだろうか。やり残したことも山ほどあったでしょうし、無念だったかもしれない。

しかし、千恵さんがガンである事を全て受け止め、「それでもいいから」と交際を申し出た恋人・赤須太郎さんは、最後まで諦めずに千恵さんの回復を願って出来る限りの事をする。


千恵さんも、気丈に振る舞い、明るさを忘れない。


最後まで、人に愛され、また人を愛する事を止めなかった彼女は、きっと幸せだったのではないだろうか。

天国からお母さんと一緒に、あの指輪をして、みんなの事を微笑みながら見守っているはず。



愛する人の為に何が出来るのか、考えさせられる本でした。

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『鬼平犯科帳3』 池波正太郎

『鬼平犯科帳3<br />
 』池波正太郎
鬼平犯科帳

と言えば、歌舞伎役者・中村吉右衛門主演のあの時代劇を思い描くはず。
数ある時代劇の中でも最も有名な作品の一つだ。

その、池波正太郎の原作本のシリーズ第3巻。


鬼の平蔵(略して鬼平)と言えば震え上がる程に悪人達から恐れられている火付盗賊改方長官・長谷川平蔵の活躍を描いている。


さて、この第3巻、一度幕府から火盗改の任を解かれ(「クビ」では無く「休暇」の意)、これを機に京都へ旅行に行くことにした平蔵であるが、旅行中にある事件に遭遇する。

旅先で起きたその出来事に平蔵はどう立ち回るのか....。


厳しくも人情味に溢れる平蔵。まさに「罪を憎んで人を憎まず」という言葉がぴったりと当てはまるだろう。


こんなに味のある立派な人、なかなか世間にはいないよなぁ、なんて思いつつ、自分も見習わないと....、なんて、およそ叶わぬ思いにふける心地がした。



なお、この平蔵、実在の人物であり、本名・長谷川宣以(はせがわ のぶため)、通称・平蔵。平蔵の名は、長谷川家の当主の代々の通称である。

幕末の前、中期の終わりの頃に幕府の火付盗賊改方長官に就任した宣以は、多発する犯罪に対して辣腕を奮うと同時に、「人足寄場」を建てている。この人足寄場は、罪を犯した者をそこに集め、改心させ、さらに大工等の職人技術を付けさせ、更生させた後に出所させるという、今でいう刑務所と職業訓練施設をドッキングさせたようなものだ。これは当時他に類を見ないものである。

しかし宣以、強引な一面もあった。

人足寄場を設立する際、幕府から与えられた予算は少なく、増額の請求を出しても認められない。

これに宣以、やむを得ず、予算を銭相場に流して増やすという荒っぽい事をやってのけたのである。

これは今でいうと、国家予算の一部を私的独断で市場に投資する、という事で、認められないものである。


しかし、そこまでしても街の安全と罪人の更生を願った宣以は、街の人々に「大岡忠相の再来」などと言われ、かなり人気が高かったようである。


作者の池波正太郎はその辺の事情に精通しており、まさに池波にしか、書くことはもちろん、構想を練ることすら出来ないであろう作品である。


次巻が楽しみだ。





鬼平や 手本にしたい 自分自身

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2008年12月 6日 (土)

『斜陽』 太宰治

『斜陽』太宰治
太宰治といえばこの作品を挙げる人も多いと思います。


この斜陽が描くものは、「滅び」であるのは言うまでもない。

所謂「最後の貴婦人」の母は、悲しいことに時代の渦に巻き込まれてしまい、かず子は、新しい世界で自己の確立を模索する。

直治は貴族としての精神と現実の壁に苦しみ、どうにかして身を任せようとするが、それが出来ない。

上原も結局は、戦後の狂喜の中でもてはやされる、薄っぺらな人間だ。


四者四様のこのドラマは、全てにおいて、太宰による自己の投影を強く感じさせる。


この作品にも表れているが、明るさと暗さを対照にして描かず、太宰は、明るさの中にある暗さや、暗さの中にある明るさを見事に射抜き描いている。

明暗は、相対するものであるはずだが、同時に互いに内在されているものでもあり、その辺を太宰は実に上手く表現している。

久しぶりに純文学に触れて、お腹いっぱいになりました。





本尽きて そろそろ買い出し ブックオフ

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2008年12月 2日 (火)

『新幹線99の謎 知ってるようで知らない意外な事実』

新幹線99の謎知ってるようで
先日本屋へ立ち寄った際に目に入ったので、何となく購入。


新幹線の歴史や技術の凄さが分かりやすく書かれています。


考えてみれば、東京駅では東海道新幹線だけでも1時間に何本も、東北・上越・長野方面の新幹線を合わせると5分に1本ペースでどんどん出発し、数百キロもの速度で運行するわけで、当たり前の様に利用してますけど、これ、かなり凄いことなんですね。


勉強になりました。


移動時に、飛行機派か新幹線派かに分かれますけど、自分は断然、新幹線ですね。飛行機は大嫌いなんで....。

飛行機なんてあんなもん、乗っていて全く落ち着きませんね。
海外旅行よりも、日本中のありとあらゆる所を訪れたいですね。

そしてゆくゆくは、全都道府県を制覇したいと。

飛行機が 嫌いで海外 行きません

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2008年11月28日 (金)

『「その時歴史が動いた」心に響く名言集』 NHK

その時歴史が動いた
NHKの歴史番組『その時歴史が動いた』で取り上げられた数々の名語録。

それらをまとめた名言集だ。


「是非に及ばず」「面白き事もなき世を面白く」....のような歴史的に有名なセリフが誰によって、どのような時に、どのような意味を持って生まれたかを、オムニバス式に紹介している。


本の中身は、手軽でかつ分かりやすくはあるが、やや薄味だ。

でも、さらっと読む事が出来るので、歴史が苦手な人も受け入れ易いと思います。



個人的には、
・「面白き事もなき世を面白く」
・「百年兵を養うは、ただ平和を護るためである」
・「私は、大人げないことに最後まで謙信に頼るということを言わなかったため和議をむすばないままに終わった。お前は必ず謙信に敬意を表して頼りとするがよい。上杉謙信はそのように評価してよい人物である。」


この辺のくだりが気に入りました。




世界史を 選択せずに 単位漏れ

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2008年11月21日 (金)

『白夜行』 東野圭吾

白夜行
完全にブームに乗り遅れてはいますが、白夜行。
ドラマは見てません。小説だけです。


二人の主人公には特別な脚色をせずに、ただ行動を中心に描いていますね。それでも読む者には、この人達の人となりが読むにつれじわじわと分かってきます。


雪穂と亮司は、果たして本当にあんな風にしか生きる事が出来なかったんでしょうかね。

もし二人で暮らしていれば、細々とひっそりとながらも、幸せな生活を送る事が出来たでしょうに。

嘘に嘘、罪に罪を重ねて生きてきた亮司と雪穂。


太陽を失った後の雪穂は、どうなってしまうんでしょうかね....。

独りになって、後ろ楯が無くなってしまいましたが、人を利用して生き抜くという、これまでに歩んできた中で身につけた雪穂の能力を使って、いろいろなモノを巻き込みながら雪だるま式にどんどん大きくなっていくんでしょう。

ただ、太陽を失った今、幸福を感じることは死ぬまでない、執念というか報復というか、その為に生きていくんだろうなーっと。

個人的にはちょっともたれる物

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2006年11月18日 (土)

『真相』 横山秀夫

横山秀夫、『真相』を読んだ。

以前、東野圭吾の『手紙』を読んだ後、友人の藤やんと一緒に本屋に立ち寄った際、『国家の品格』と一緒に購入したものだ。

この本を購入した理由は・・・、表紙と帯が気になったから。所謂、ジャケ買いだ。

いざ読もうとなってから驚いた。著者の横山は、『半落ち』を書いた人だった。

『半落ち』、少し前に話題になった作品だ。映画化もされた。僕もその映画を見た者の一人だ。

映画で見た『半落ち』は、少し「?」と思ってしまった。詳細は割愛する。

だから、正直そこまで期待をせずに読んだ。


【犯人逮捕は事件の終わりではない。そこから始まるもうひとつのドラマがある。事件の奥に隠された個人対個人の物語。】

文庫本の背表紙に書いてある言葉だ。

『真相』は独立した5つの短編により構成されている。

表題作でもある『真相』。何者かによって息子を殺害された経験を持つ男の物語。犯人は長年捕まらず事件は迷宮入りしていたが、10年ぶりに逮捕される。そんな中、知られざるある事実が発覚する・・・・・。

『18番ホール』。故郷の村の村長選挙に立候補した男の物語。絶対に負ける事の出来ないある重大な理由。当初は圧倒的に優勢だったが、ある問題が生じる・・・・・。

『不眠』。会社をリストラされ順風満帆だったサラリーマン生活が終焉し、明日の光も差し込まれなくなっていた男。そんな男の周囲で起きた、ある事件・・・・・。

『花輪の海』。青春時代に起きたある事件は、今でも彼らに暗い影を落とす。長い年月が過ぎ、再び歯車が動き始めた・・・・・。

『他人の家』。ある前科を持った男の物語。家の立ち退きを言い渡され、途方に暮れていた。そんな中、ある一筋の光が見えた。しかしその光の先に待っていた事実・・・・・。

このように、全ての話で共通しているのは、主人公が、消す事の出来ない秘密を持っている。それは主人公達に暗い影を落とし、そしてその影を取り払う事も出来ず、完全に救われる事は無い。内在させたまま生きざるを得ない。時が流れ、大きな歯車の動きと共に、再び直面する事となる。そうなった時の人間の行動を、著者の鋭い心理分析によって描かれている。

結末は、重いものになってしまうけど、内容が内容なだけに仕方ない。

内容をひと言で表すとすれば・・・、「皮肉」といったところでしょうか。

ハッピーエンドじゃなきゃイヤ!!っていう方には、全くオススメ出来ませんので、ご注意を!!

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2006年11月15日 (水)

『国家の品格』 藤原正彦

以前のブログにもあるように、数日前、東野圭吾の『手紙』を読み終えてしまった。

そんな僕が次に読んだ本は、藤原正彦の『国家の品格』、久しぶりの評論だ。

数学者である藤原による、日本人論・道徳論・国家論・世界観が、思いっきり良く大胆に書かれている。

例えば、第2章「『論理』だけでは世界が破綻する」の中に、「どんな論理であれ、論理的に正しいからといってそれを徹底していくと、人間社会はほぼ必然的に破綻に至ります。言うまでもなく、論理は重要です。しかし、論理だけではダメなのです。」という一節がある。
論理というものは、立場や状況によって刻一刻と変化し、いくらでも理屈が通る。なぜ人を殺してはいけないのか、という事を論理的に考えても永久に答えは見つからない。よって、その問答は破綻する。最も重要な事は論理の追求では無い。重要な事とは・・・・・・。この本には、その・・・・・・の部分が、各章で実に明快に書かれている。

国際社会の中での日本は、どうしてここまで尊敬されなくなってしまったのだろうか。そして今後、尊敬されるようになる為にはどうすればいいのか。今まで胸の中でうずうずしていた、現代日本に対する、何とも言えぬ苛立ちというか、不満というか、そういったものを、藤原がスッキリと解説してくれている。

「仮説」を立て「証明」する、という実に数学者らしい歯切れの良い文章で、読み進むうちに、確かにその通りだな、という思いがした。

思想など一切関係なく、気になったら是非読まれる事をオススメします!どういったカタチにせよ、考えさせる本である事に違いはありません。是非どうぞ!!

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2006年11月11日 (土)

『手紙』 東野圭吾

今話題の、東野圭吾の『手紙』を読んだ。

とある貧乏な兄弟の物語。

弟の為に金銭目的で家屋に侵入し家主を殺害、強盗殺人犯として服役した兄と、その事で人生を狂わされた弟の物語。設定としては、大きな衝撃も無い、インパクトに欠けたよくある設定といっても過言ではない。

そんな兄弟の物語が、静かに、淡々とした文章により進行していく。淡々としているからこそ、進行するにつれ、自然と読み入る事が出来る。

弟は兄のせいで世間から多方面で差別を受ける事になる。世間というものは、なんて酷く惨いものなんだろう、と、我々は作品を読みながら思うだろう。そこで我々はハッとする。

世の中には、あらゆる偏見や差別があふれている。当然ながら、僕を含む多くの人々は、「差別の無い社会は素晴らしく、無条件でそれを目指さなければならない。」と思っている。しかし、その様に考える事それ自体が既に「差別」をしている、という事実。

我々に「現実から逃げるな!もっと現実を見ろ!」と投げかけてくる。

そう、僕も、そして多くの人々は既に『手紙』の中の登場人物になっているのだ。

この作品、読もうかどうしようか迷っている方は、取りあえず読んでみてはいかがでしょうか?僕もそれ程深く考えずに、軽い気持ちで本屋さんで購入しましたからね。それでいいのでは?意外と満足出来ると思いますよ♪

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2006年8月 7日 (月)

『もの食う人びと』 辺見庸

そーいえば、最近多忙によりブログを放置してしまっていた・・・・。

ましてや、数ヶ月前に「再起動」したにもかかわらず、だ・・・・・。

今後はマメに更新したいと思う今日この頃、「二度ある事は三度ある」と言われない様、万事注意していきたいと思う。

−−−−−−−−−−−−−−−

さて、最近、辺見庸著『もの食う人びと』と言う本を読んだ。

この本は、著者自身がワケ有りの諸外国を訪れ、訪問地の諸事情を「食」の観点から鋭く突くルポルタージュ(紀行文)だ。

数々のルポルタージュの中で「食」の触れるものは幾千万とあるが、ここまで「食」にこだわり、それでいて「食」だけで終わらない(文化や内面的な事までをもカバーしている)、実に読み応えのあるルポだった。(読み応えがあるからといって難しく読みにくいというものではなかった。)

−−−−−−−−−−−−−−−

・・・・・ではでは、仕事に行ってきまーす!!!

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2006年6月19日 (月)

春の雪

『春の雪』を読み終えた。
三島由紀夫の全4部からなる『豊饒の海』の第一部『春の雪』の事だ。
三島独特のあの回りくどい文章、仏教用語の多用(仏教的要素の濃い作品だから仕方が無いんだけど・・・)に終始手を焼いた。が・・・・・、

手を焼いたのは確かだが、全編読んでみたい

僕はそう思った。
小説らしいといえば小説らしい作品だったけど、どこか違うように思えた。なにか、小説の「枠」を超えた作品だと思う。表現するのが難しいけど、なんて言うか・・・「こんな作品、お前は見た事あるか!?」的な作品だ。

薄っぺらな、表面上の心理、動きをつらつらと描く、最近はやりのただの色恋沙汰のものとは比にならない、ずっしり濃厚な作品だった。(例えるなら、インドネシア産の力強いコーヒーの様です。)

読み終えてすぐにTSUTAYAに直行、映画『春の雪』のDVDを借りた。そしてじっくり見た。

感想:う~ん、こんなもんか・・・

映画となると、本来の作風が崩されて、純愛系の色恋沙汰物語に成り下がってしまうのかなーっと思っていたけど、そこまで成り下がってはいなかった。この点は、ほっとした。でも、小説ほどのインパクトは無かった。
そもそも、『豊饒の海』の4分の1であるこの作品を単発で映画化してるんだから、仕方が無いと言えば仕方が無いんだけどね。

~映画を見た方へ~
是非、小説のほうを読みましょう。

・・・・こんなに偉そうに評論してしまったが、何を隠そう僕自身、読書は大嫌いだ。かなり嫌いだ。
それでも僕は本を読む。それには理由がある。
なぜ本を読むのか・・・

答え:「人生におけるリハビリ

どんどんチャレンジしていきますよ~!!

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